― 急性期に、あえて決めなかったことが後で助けになった話 ―
家族が脳梗塞で倒れると、周囲からも、自分自身からも、次々と「決断」を求められるようになります。
- これからどうするのか
- 仕事はどうするのか
- 生活はどう変わるのか
けれど、急性期を振り返って思うのは、実際には「決められなかったこと」の方が圧倒的に多かった、ということでした。
そして今なら、はっきり言えます。あのとき決めなかったことが、後で私たちを助けました。
状況が良く見えたことで、私たちは一度「もう大丈夫なのでは」と考えました。
✅ 意識や会話が戻ってきたとき、家族が誤解しやすいこと
急性期は「決断のフェーズ」に見えて、そうではなかった
急性期という言葉から、「短期間で重要な判断を下す時期」という印象を持つ人もいるかもしれません。
けれど実際には、
- 状況が日単位で変わる
- 情報が十分に揃わない
- 医師と話せる時間が限られている
こうした条件の中で、確定的な判断を下すこと自体が難しい状態でした。
判断を迫られる場面は多いのに、
判断できる材料が揃っていない。
それが、急性期の実態だったと思います。
私たちが「決めなかった」こと
当時、意識的に保留していたことがいくつかあります。
- 今後の生活をどう組み立てるか
- 仕事を長期的にどう調整するか
- 退院後を前提にした話
どれも大切なことです。
だからこそ、急いで決めることが怖かった。
「今の状態が、このまま続く」と仮定してしまうと、その前提が崩れたとき、判断そのものが足かせになる可能性があったからです。
急性期の病院では、家族が医師と話せる時間は、思っている以上に限られていました
▶︎ 医師と話せない時間の過ごし方
「決めない」は、放置ではなかった
決めなかった、というと、何も考えていなかったように聞こえるかもしれません。
でも実際には、違いました。
- 何を決めていないのかを、家族で共有する
- なぜ今は決めないのかを、言葉にする
- 「急性期が終わってから考える」と線を引く
決断を先送りすること自体を、意識的な判断として扱う。
それが、私たちがしていたことでした。
判断を保留するために、意識していたこと
一番大切にしていたのは、
「感情が動いているときに、判断を固定しない」
ということです。
- 不安が強い日
- 期待が膨らんだ日
- 少し良く見えた日
そういう日は、どうしても結論を出したくなります。
でも、その感情がそのまま続く保証はありませんでした。
だからこそ、
- 感情は否定しない
- でも、決定権は渡さない
という距離の取り方をしていました。
後から振り返って分かったこと
時間が経ってから、「もしあのとき決めていたら」と考えることがあります。
その多くは、
- 前提が変わっていた
- 想定していた流れとは違っていた
- もっと柔軟に動けたはずだった
という結論に行き着きます。
あの時点で決めなかったからこそ、状況に合わせて考え直す余地が残っていました。
判断を保留したことは、逃げではなく、余白だった。
今はそう思えます。
まとめ:急性期に必要だったのは、決断力ではなかった
急性期に必要だったのは、
- 早く決める力
- 強く割り切る力
ではありませんでした。
むしろ必要だったのは、
- 状況が固まるまで待つ力
- 決めない状態に耐える力
- 「今は判断しない」と言語化する力
だったと思います。
この記事は、「決めなかった方がいい」と言いたいわけではありません。
ただ、急性期という特殊な時間の中で、私たちはこういう選択をしたその記録として、ここに残します。
仕事についても、私たちは早く結論を出さず、状況に応じて調整しました。
✅ 仕事を休むべきか、続けるべきか

