回復期に入ってしばらくした頃から、母はよくこんな話をするようになりました。
「家に帰ったら、まず何をしようかな」
「早く退院したいね」
「リハビリ頑張れば、元に戻れるよね」
それらは、希望に満ちた言葉でした。
命の危機を越えたことを思えば、自然な反応だったと思います。
その言葉を聞くたびに、私たちはうなずき、話を合わせました。
否定する理由は、どこにもありませんでした。
前向きな言葉の裏で、家族が感じ始めたもの
一方で、家族側の頭には、少しずつ別の景色が見え始めていました。
リハビリの様子
車椅子への移乗にかかる時間
左側が思うように動かない現実
疲れやすさ
それらを積み重ねて見ていくうちに、
「もしかすると、すぐに元通り、というわけにはいかないかもしれない」
そんな感覚が、言葉にならないまま芽生えていきました。
けれど、その感覚をそのまま口にすることはできませんでした。
希望を折ることへの怖さ
母の「家に帰りたい」という言葉は、希望であり、支えであり、前に進む力でもありました。
それを、
「現実はそう簡単じゃない」
「まだ分からない」
と打ち消してしまうことが、正しいとは思えなかったのです。
希望を否定することが、生きる意欲そのものを削ってしまう気がしていました。
だから私たちは、説明もしなければ、否定もしませんでした。
ただ、話を聞き、相づちを打ち、その場をやり過ごしました。
ズレていたのは「意見」ではなく「時間軸」だった
今振り返ると、この時起きていたのは、意見の対立ではありませんでした。
母は、未来を見ていました。
「これからどうなりたいか」を語っていました。
一方で家族は、現在と近い将来を見ていました。
「今、何ができて」「次に何が必要か」を考えていました。
同じ「回復期」にいながら、見ている時間軸が違っていただけだったのです。
何も決めなかった、という判断
この段階で、私たちは何も決めませんでした。
退院後の生活についても
在宅か施設かについても
どこまで回復するかについても
あえて、話を進めなかったのです。
それは、逃げでも先延ばしでもなく、「今はまだ、その段階ではない」という判断でした。
振り返って思うこと
本人が前向きであることと、家族が現実を見ていること。
この二つは、対立するものではありませんでした。
どちらも、その時点でできる精一杯の向き合い方だったのだと思います。
回復期は、安心のフェーズではありません。
不安が消えるわけでも、答えが出るわけでもない。
ただ、「少しずつ違う景色が見え始める」そんな時期なのだと、今は思います。

