脳梗塞で倒れた家族が「左側が見えていないかもしれない」と気づいた瞬間

介護が始まった日・体験記

――脳梗塞の回復期、会話ができても安心できなかった理由

※この記事は、脳梗塞の回復期に入った家族の体験記です。
会話ができるようになったあとに気づいた「左側への反応のなさ」について振り返っています。


会話はできる。冗談も言える。

回復期に入り、母は普通に会話ができるようになっていました。

冗談も言うし、食事の感想も言うし、「早く退院したい」とも言う。その様子を見て、私はどこかで思っていました。

「思ったより大丈夫なのかもしれない」

でも、その日の面会で、違和感がありました。


左側に立っても、目が合わない

母の左側に立って声をかけても、反応が薄い。右側から話しかけると普通に返事をするのに、左からだと気づかない。

気のせいかと思いました。そこで、試すようなことをしてしまいました。

右目を軽く隠して、指を何本か出してみたのです。

答えられませんでした。

音は聞こえている。
言葉も理解している。
でも、左側にあるものを“捉えられていない”ように見えました。

その瞬間、安心が少し引きました。


会話ができる=大丈夫ではなかった

それまで私は、

話せる
理解している
笑っている

この3つを「回復の目安」にしていました。

でも、そのとき気づきました。

会話が成立していることと、空間認識が戻っていることは別なのだと。

あとから知った言葉ですが、半側空間無視という状態があります。

脳の損傷によって、片側の空間を認識しづらくなる症状です。

“見えていない”というより、
“注意が向かない”。

その可能性を、このとき初めて考えました。


家族が最初に気づくこともある

医療者が見落としていた、という話ではありません。

検査や評価は進んでいました。

でも、日常の中で感じる違和感は、家族だからこそ気づけることがあります。

・食事のとき、左側だけ残る
・呼びかけても左からだと反応が遅い
・左に置いた物を探せない

それは「理解力が落ちた」のではなく、空間の認識の問題かもしれない。

この視点を持てたことは、後々大きかったと思います。


安心と不安が同時に存在する回復期

あの日、私は複雑でした。

会話ができる安心。
でも、見えていないかもしれない不安。

回復期は、良くなった部分と、まだ残っている部分が混在する時間です。

だからこそ、「前より良くなっている=もう大丈夫」とは言い切れない。

この感覚は、
回復期に入っても不安が軽くならなかった理由ともつながっています。

▶︎ 回復期に入ったのに、不安が軽くならなかった理由


まとめ:安心は、部分的にしか戻らない

あの日の私は、

「会話ができるから大丈夫」と思いたかった。

でも、左側に反応しない様子を見て、回復には“層”があることを知りました。

言葉の回復
意欲の回復
空間認識の回復

それぞれ別の速度で進みます。

回復期は、一気に安心できる時間ではありません。

安心と不安が、同時に存在する時間でした。

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