脳梗塞の回復期に入ったのに、不安が軽くならなかった理由

介護が始まった日・体験記

――脳梗塞の家族が感じた“質の変化”

※この記事は、脳梗塞の回復期に入った家族の体験記です。
命の危険は脱したはずなのに、不安が消えなかった理由を振り返ります。


「山は越えました」と言われたあと

医師から「急性期は脱しました」と説明を受けたとき、私は確かに安心しました。

一般病棟へ移り、
リハビリが始まり、
会話も成り立っている。

数字や説明だけを見れば、前進していました。

でも、不思議なことに。胸の奥の緊張は抜けませんでした。


不安は消えたのではなく、形を変えた

急性期の不安は単純でした。

・急変しないか
・命に関わらないか
・今日を越えられるか

回復期に入ると、不安は別のものに変わりました。

・どこまで回復するのか
・後遺症は残るのか
・退院後どう生活するのか
・介護は必要なのか

命の不安から、生活の不安へ。

軽くなったのではなく、“種類”が変わっただけでした。


周囲は安心しているのに、自分だけ落ち着かない

「よかったね」と言われる。

確かに、よかった。

でも私は、どこか落ち着きませんでした。

なぜなら、回復期はゴールが見えない時間だからです。

急性期は、「ここを越えれば」という山がありました。

回復期は、どこまで続くのか分からない平地でした。

その見えなさが、落ち着かなさにつながっていたのだと思います。


本人は前向き、家族は現実を見る

母は前向きでした。

「退院したい」
「リハビリを頑張れば大丈夫」

私は、その言葉を聞きながら、別のことを考えていました。

退院後の生活
転院の期限
介護認定の準備

この感覚のズレは、「退院したい」と言われたとき、家族が黙った理由ともつながっています。

▶︎ 回復期に「早く退院したい」と言われたとき、家族が黙った理由

不安は悲観ではありませんでした。

現実を見始めたサインでした。


安心できない自分は冷たいのか

一瞬、そう思いました。

でも今なら分かります。

安心できなかったのは、

・楽観に流れなかったから
・長期戦を感じ取っていたから
・生活の重さを想像していたから

でした。

回復期は「安心する時間」ではありません。

判断を急がず、現実を少しずつ受け入れていく時間でした。


まとめ:不安は、前に進んだ証拠

不安が消えなかったのは、異常ではありません。

命の心配が終わり、生活の心配が始まった。

それだけのことでした。

回復期は、

良くなった部分と
まだ残る部分が
同時に存在する時間です。

だから、不安も同時に存在する。

それでよかったのだと思います。

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