急性期の病院では、家族が医師と話せる時間は、思っている以上に限られています。
- 面会に行ったら医師はいない
- いつ戻るかわからない
- 看護師さんに聞いても「詳しくは医師から」と言われる
そんな時間が、何日も続きました。
この記事では、医師と話せない時間帯に、家族は何を見て、何を判断すればいいのかを、実体験をもとに記録します。
医師と話せないのは「普通」だった
最初は、
「説明がないのはおかしいのでは?」
と思っていました。
しかし、急性期の病院では、
- 医師は常に処置や手術に入っている
- 家族説明の時間が固定されていない
- 状況が変わらなければ説明が更新されない
というのが現実でした。
医師と話せない=見放されている、というわけではありません。
家族が一番不安になるのは「情報の空白」
不安の正体は、「悪いことが起きている」よりも、「何もわからない」ことでした。
- 良くなっているのか
- 悪くなっているのか
- 今日は何が起きたのか
それがわからないまま、時間だけが過ぎていきます。
医師がいない時間に見てよかったポイント
医師と話せない時間帯に、家族として意識的に見ていたのは、次の点でした。
① 昨日と比べて「同じか、少し良いか」
劇的な変化は期待しませんでした。
- 反応はあるか
- 声をかけると目を開けるか
- 会話の量は減っていないか
「悪くなっていない」こと自体が、重要な情報でした。
② 意識が「一日を通して」保たれているか
一時的に元気そうでも、
- 夕方に急に反応が落ちる
- 眠ってばかりになる
といった変化がないかを見ていました。
時間帯をまたいで状態が維持されているかが、家族にも判断できるポイントでした。
③ 看護師さんの言葉のトーン
看護師さんは、医師ほど断定的なことは言いません。
それでも、
- 「今日は落ち着いていますね」
- 「昨日と変わりないです」
- 「少しずつ進めています」
という言葉が出るかどうかで、現場の空気は感じ取れました。
家族がやらなくてよかったこと
振り返って、やらなくてよかったと思うこともあります。
- 無理に前向きな言葉をかける
- 状態を良くしようと頑張る
- 判断を急いで結論を出す
急性期に家族ができることは、「変えようとしないこと」でした。
説明がない時間は「判断を先送りする時間」
医師と話せない時間は、何も決められない時間です。
それは、決めなくていい時間でもありました。
- 在宅か施設か
- 仕事をどうするか
- これから先の生活をどうするか
これらは、急性期を越えてから考えればいいことでした。
おわりに:「わからない時間」をどう過ごすか
医師と話せない時間は、家族にとって最もつらい時間でした。
でも今思うと、その時間にやっていたのは、
- 観察する
- 比べる
- 記録する
それだけです。
それで十分でした。
説明がないからといって、何かを急いで決める必要はありません。
「わからない時間を、耐えること」それも、急性期における家族の大切な役割だったと思います。
次回は、
「意識や会話が戻ってきたとき、家族が誤解しやすいこと」
― 「話せる=安心」と思ってしまった日の記録 ―
について書く予定です。
※ この記事は、脳梗塞で入院した家族の急性期を記録した体験談です。
ここまでの流れは、以下の記事で時系列にまとめています。
▶ 親が倒れた日、介護は突然始まった
▶ 救急隊員に聞かれて困ったこと
▶ 『数日が山』と言われたとき、家族は何を覚悟すればいいのか
▶︎ 「昨日より元気」は安心材料にならないと知った日

